園芸知識:開花・伸長調整
概要
- 園芸・農業に利用される植物は、しばしば、育てる人間側の都合で、生育具合を調整される。家庭園芸では、あまり必要のない事と思われるが、園芸に関する知識の一つとして、ここで簡単に触れておく。
- 最もよく知られる方法は、キク、ポインセチアなどの短日植物を開花させる目的で行う「短日処理」であろう。これは「日当たり」ページにある「短日植物と短日処理」に載せてある。また、秋植え球根の開花調節については「球根植物」ページにある「開花調節」を参照。
- このページでは、いくつかの薬剤の商品名を挙げている。いずれも「植物生長調整剤」と呼ばれる農薬の一種で、使い方を誤ると植物を傷める。手順と用量を厳密に守って使いたい。
- 植物によっては、薬剤処理によって、人為的に開花を促進できる。一般的には、「エスレルまたはカーバイドを用いる方法」、「ジベレリンを用いる方法」、「ベンジルアデニン(BA剤)を用いる方法」、の三つがある。
(※ カーバイドとは、生石灰とコークスを高温の電気炉で反応させて作る、灰白色の固体のこと。なお、コークスとは、石炭を熱して得られる黒灰色の固体である。)
- いずれの方法も、「どんな株でも花が咲く、魔法のような薬剤」ではない。エスレルとカーバイドは「成株に達した株の開花期を少し早める薬剤」であり、ジベレリンとベンジルアデニンは「すでにある小さなつぼみを少し早く咲かせる薬剤」である。
- いずれも植物ホルモン剤で、希釈率や用量、使用時期などを間違うと、花が奇形化するなどの薬害が出る。一回に使用する量は、他の農薬類に比べ、きわめて少ない。
- また、適用できる植物の種類は、かなり限られる。適用外の植物に使用すると、著しい奇形化や、時季外れの落葉などを招くため、絶対に行わない。
- アナナス類(ブロメリア)の開花促進
- エスレルやカーバイドで開花促進できる植物は、観葉植物のアナナス類(「ブロメリア」ともいう)である。処理の時期は、生育期真っ最中の4~8月頃とする。グズマニア、フリーセアのような中型種なら、葉が20枚以上あれば行える。エクメア・ファスキアタのような大型種は10枚、チランジア・シアネアのような小型種は40枚程度必要。
- よく知られているように、熟したリンゴが放出するエチレンガスは、切り花や果実を老熟させる。農薬として市販されているエスレル10%剤(商品名「エスレル10」「エテホン」など)は、そのエチレンと同じ効果を持つ植物ホルモン剤である。これを水で希釈し、株全体が濡れる程度に散布するか、または葉筒(葉の基部が重なり合ってできた貯水用の筒)の中に薬液を小量ためて吸収させればよい。
- 種類ごとの希釈率および用量については説明書に従う。だいたい、株全体に散布する方法で500~1000倍、葉筒に薬液を溜める方法で1000~4000倍となる。葉筒の中に薬液をためる方法は、濃度を間違うと、株に障害が出る可能性がある。
- カーバイドを使う場合は、葉筒の中の水に、アズキ~ダイズ粒大のカーバイドを一個入れ、アセチレンガスを発生させればよい。ただし、アセチレンガスはよく燃えるので、必ず火の気のない場所で行う。
- 上記二つの薬剤処理の実行後、2~3日ほどの間、株に水をかけないようにする。
- わざわざ薬剤を買わずとも、もっと簡単な開花促進方法が存在する。その方法とは、既定の葉数に達した成株を、熟したリンゴ1個と一緒にポリ袋に入れ、5~7日間密閉するだけである。この場合、袋内の蒸れに十分注意し、必ず一日一回、袋の中の空気を入れ替える。リンゴの発するエチレンガスにより成熟・開花が促され、3ヵ月くらいで花が見られる。
- 使うリンゴの品種は、エチレン放出量の多い「紅玉」「スターキングデリシャス」などが適するらしい。「さんさ」「つがる」「ふじ」などは、エチレンの放出量が少ないとか。
- シクラメン・シャコバサボテン・プリムラ類の開花促進
- ジベレリン(商品名「ジベラ」など)は、茎の伸長を促進したり、種なしブドウを作ったりする薬剤として知られるが、開花促進作用もある。この薬剤で開花促進できる植物は、シクラメンやプリムラ類である。処理をする時期は10月頃とする。薬剤を水で希釈し、株の中心部にあるごく小さなつぼみが、軽く濡れる程度に散布する。つぼみ以外の部位には、なるべくかけないようにする。
- 薬液の濃度は、シクラメンで1~3ppm(水1リットルにつき1~3mg)、プリムラ類で20ppm(水1リットルにつき20mg)である。散布後一週間ほど経ってからもう一度散布すれば、かなり確実。なお、ジベレリンを使う方法は、処理した株の葉色が薄くなったり、花茎がやや間延びしたりする欠点がある。
- ベンジルアデニン(商品名「ビーエー」「ヘルポス」など)を使う方法は、シクラメンとシャコバサボテンに対して行える。こちらも処理の時期は10月頃。ベンジルアデニン3%剤を200~300倍に希釈し、小さなつぼみに対して、軽く濡れる程度に散布する。自然に開花させるより、かなり早く花を見られる。
- なお、短日処理中のシャコバサボテンにベンジルアデニン処理をする場合は、処理を始めてから約10日後、株全体に散布すればよいらしい。
- 余談になるが、ベンジルアデニンは植物組織の生長を促進するため、摘芯直後の株に散布すれば、腋芽の発生を促し、姿良い樹形を作ることができる。ただし、この方法が通用する植物は、キクやポインセチアなどに限られる。
- 「トマトトーン」は、トマトなどの野菜において、果実が多く付くようにしたり、果実の肥大・成熟を促進したりする薬剤である。これも植物ホルモン剤で、植物の生長ホルモンとして有名な「オーキシン」と同様の作用がある。
- 使用できる野菜は、薬剤名になっているトマトやミニトマトのほか、ナス、カボチャ、ズッキーニ、シロウリ、メロンがある。使用時期は開花当日、またはその前後の3日間。水で3~100倍に希釈(低温時は濃く、高温時は薄く)し、花(トマトの場合は花房)に対して散布あるいは塗布する。一つの花・花房に対し、一回使えば足りる。
- 矮化剤は、植物生長ホルモンであるジベレリンの生成を阻害し、結果的に枝・茎の伸長を抑制する。そのため、市販の鉢物(アジサイ、キク、ハイビスカス、ポインセチアなど)では、草姿・樹形を整え、葉と花のバランスを取るなどの目的で、しばしば使用される。
- 植物によっては、矮化剤を散布することにより、形が良くなるだけでなく、つぼみがたくさん付くという、特別な効果が現れる。(例、サツキ・ツツジ類、ツバキ類、西洋シャクナゲなど。)
- ひと口に矮化剤といっても、アンシミドール剤(商品名「スリトーン」)、塩化コリン(CCC)剤(商品名「サイコセル」)、ダミノジット(SADH)剤(商品名「ビーナイン」)、パクロブトラゾール剤(商品名「バウンティ」「ボンザイ」)など、いくつか種類がある。矮化剤の種類によって、効果のある植物の種類も違ってくるので注意する。
- 矮化剤の使い方には、茎葉に散布して吸収させる方法と、鉢土に灌注して根から吸収させる方法の二種類がある。上記の薬剤では、塩化コリン(CCC)剤とダミノジット(SADH)剤が前者、アンシミドール剤が後者に当たる。パクロブトラゾール剤は、両方の使い方がある。茎葉から吸収させる場合は、散布後24時間は雨などに当てない。
- 根から吸収させる場合は、使用前に土を乾かしておくと効果的。また、灌注後2~3週間ほど水やりを控えめにすれば、さらに効果が上がる。
- 矮化剤の希釈濃度や使用時期、使用間隔を間違うと、植物が奇形になったり、最悪の場合、枯らすことがある。また、効果が全く現れないこともある。使用前に説明書を熟読する。
- 矮化剤には、毒性の強い製品もある。(小麦やハイビスカスに使う「サイコセル」は、劇物指定されている。)入手しやすく使いやすいのはダミノジット(SADH)剤とパクロブトラゾール剤の二種類なので、この二つについて載せておく。
- ダミノジット(SADH)剤の代表は「ビーナイン」である。これが効く植物は、アサガオ、アザレア、アジサイ、キク、ハボタン、ペチュニア、ポインセチア。他に、ウメ、カランコエ、キキョウ、コリウス、ストック、ダリア、ヒメリンゴ、ラナンキュラスにも効果があるらしい。(ただし適用外。ちなみにハイビスカスには効果がない。)散布できるのは、新芽が伸び始めたばかりの株、または、摘芯後5~40日経過した株である。薬剤を水で200~500倍に希釈し、茎葉が濡れる程度に散布する。植物によっては、一回目の散布から7~20日後に、もう一度散布する。その後は、薬液が乾くまで、雨に当てたり水をかけたりしない。
- パクロブトラゾール剤には、「バウンティ」「ボンザイ」がある。キク科の花全般と、アジサイ、サツキ・ツツジ類、西洋シャクナゲ、ツバキ類、チューリップ、パンジー、ポインセチアに適用がある。使用できるのは、新芽が伸び始めたばかりの株、または、摘芯後10~20日経過した株である。水で50~800倍に希釈して茎葉に散布するか、500~8000倍に希釈して土中に灌注する。使用回数は、普通は一回限り。サツキ・ツツジ類、ツバキ類、西洋シャクナゲに対しては、つぼみが多く付くという効果もある。
- ここで余談。「スリトーン」は、とっくの昔に登録失効し、市販されていない古い薬剤だが、いちおう載せる。エラチオールベゴニア、キンギョソウ、クレロデンドロン、ゼラニウム、フクシア、ブバルディア、ポインセチア、ユリに適用があった。散布できるのは、新芽が伸び始めたばかりの株、または、摘芯後5~30日経過した株。水で50~150倍に希釈し、伸長を抑えたい株が植わっている鉢土に灌注。使用回数は一回限り。
- 登録失効つながりで、「摘芯剤」についても少々。有効成分はジゲグラックソーダで、商品名は「アトリナール」という。矮化剤の一種だが、これは、散布すると芽先を枯死させ、腋芽を発生させるという効果を持つ。摘芯の面倒な植物でも、刈り込みや摘芯無しで美しい樹形に整うため、生垣や、アザレア・ツツジ類に対してよく使われたらしい。
- 希釈濃度や使用時期、使用回数に間違いがなくても、まれに、副作用のような症状が出る。具体的には、一時的に花付きが悪くなったり、咲いても小さかったり、新しい枝の伸び方が不揃いになる、など。)
- 上で述べたように、矮化剤は、生長ホルモンの生成を阻害する。そのため、これから伸びる枝や茎には効果があるが、すでに伸びた枝や茎を縮める効果は無い。従って、散布の適期を逃さないことが大切。逃してしまったら無理をせず、使用を見送る。
- 矮化剤を使用した後は、植物をしっかり肥培し、がっしりした良い新芽が育つよう、管理に気を配る。使用後の管理が悪いと、かえって形の悪い、貧弱な株に育ちかねない。
- 矮化剤を散布された植物は、全体的に枝・茎が太くなったり、葉が厚く、色が濃くなったり、という特徴が現れやすい。ただ、矮化剤の効果は、長くても一年以内に切れ、そうした特徴は消滅する。