園芸知識:夏越し
概要
- 植物は自生地にある限り、どんなに過酷な気候でも苦にしない。しかし、人間が園芸的に栽培する目的で、自生地とかけ離れた環境の場所に持ち込むと、温度湿度・降水量などの違いに耐え切れず、枯れてしまうことがある。日本の場合、特に真夏と真冬の気候が極端なので、この期間を無事に乗り切れるかが問題となる。
- 日本列島は南北に長く、亜寒帯(冷帯)~温帯~亜熱帯まであり、気候帯によって、年平均気温や降水量が大きく異なる。また、局地的には、北海道・東北~中国地方東部までの日本海側は、冬の日照量が少なく積雪が多いという特徴があり、北海道と中部地方の内陸部は、季節による寒暖の差が大きく、比較的冷涼で、降水量が少ない傾向がある。さらに、中国・四国地方の瀬戸内海側は、季節による寒暖の差が小さく、温暖で、比較的降水量が少ない。その他の地域は、夏は高温で降水量が多く、冬は冷涼で日照量が多く降水量が少ない、典型的な「日本の気候」となる。(ただし、平地に限る。)
- 一般に、熱帯~亜熱帯に自生する植物や、温帯の平野部に生える植物は、耐暑性(夏の暑さに耐えられる性質)が強く、それほど夏越しに気を遣う必要はない。しかし、寒帯~亜寒帯地域に自生する植物や、山などの高地に生える植物は、耐暑性が弱く、何も対策を講じないと夏の間に枯れることが多い。
- 植物は、昼間の高温より、むしろ夜間の高温、特に、25℃以上の熱帯夜に弱い。昼間の光合成で蓄えた炭水化物を、夜間に呼吸によって消費している都合上、蒸し暑いと呼吸量が増え、蓄えた以上に消耗してしまうためらしい。また、いくら気温が高くても、湿度が低ければ暑さ負けしにくい傾向がある。従って、夏越し対策は、夜温を下げることと、蒸し暑さから守ることが大切といえる。もちろん、昼間の気温も低く抑えられれば完璧。
- 日本でも、北海道のような亜寒帯(冷帯)地域や、東北~中部地方や紀伊半島・中国・四国・九州地方に点在する高地帯などは、たとえ昼間の気温が上がっても、夜は25℃を下回り、しかも湿度が低いので、耐暑性が弱い植物でも、夏越しは難しくない。しかし、三大都市圏を始めとする多くの地域は、ヒートアイランド現象などの影響で高温となり、熱帯夜もある上、降水量が多いせいで湿度も高く、かなりの蒸し暑さになる。そのような高温多湿の地域では、夏越し対策は必須である。
- 近年は、ヒートアイランド現象が各地で顕著になり、都市部での夏越し環境は悪化の一途である。しかし、都市部特有の利点もある。中~高層マンションの上層階が良い例で、熱せられた地表面から距離があるため、夜温が下がりやすい。また、海沿いにあるマンションは、夜になると、海から涼風が吹いてくるため、これまた熱帯夜の影響を受けにくい。ただし、最上階や、棟の一番端にある部屋は、外気温の影響が大きく、昼間の高温が残りやすいので過信しない。
- 植物を、真夏でも快適に過ごさせるには、冷房設備を完備するのが最良であることはいうまでもない。しかし、場所や費用などを考えると、一般家庭で植物のためだけに冷房設備を整えるのは現実的ではない。冷房を入れっ放しの室内に置けばよさそうに思えるが、冷房の効いた室内は、日光と湿度が不足するため、植物の生育に適さない。(植物用の冷房設備は、採光と加湿の設備も備えている。)植物を購入する前に、自分の住む地域の気候に合いそうかをよく考え、夏越しが難しそうだと思ったら潔くあきらめるのも一つの方法である。
- なお、夏越しの難しい鉢が少ししかなく、「小さくても良いから冷房設備が欲しい」という場合、業務用のショーケース(小売店で飲料などが陳列されている透明なケース)を使うことも可能。冷蔵用の設備や照明設備を備えていることが多く、日光も入るため、冷房室の代わりになる。リサイクルショップなどで売られており、個人でも購入できる。値段が張るが、小型の製品なら数万円からある。
- 夏越し対策は、まず、強い直射日光を避け、植物の体感温度を下げることから始まる。鉢植えなら、涼しい日陰や木陰に移動したり、上に寒冷紗を張って遮光するとよい。ただし、寒冷紗と植物の距離が近すぎると、風通しが悪くなり、蒸れるので注意する。昔ながらのよしずやすだれで遮光してもよいが、これらは遮光率が高すぎて日光不足になる恐れがあるので、植物との距離を広めにとる。なお、地植えの植物を遮光するのは無理があるので、最初から不適当な場所に植えない。
- 寒冷紗の色は、透明が最も遮光率が低く、白~灰~黒色と続く。比較的暑さに強い植物は透明か白、暑さに弱い植物は黒、という風に使い分ける。透明や白の寒冷紗でも、二枚重ねて用いると、やや遮光率が上がる。なお、銀色の寒冷紗もあり、光と熱の反射率が高く、暑さに弱い植物に最適だが、反射した光・熱が他所の家に直撃しないよう、張る角度と方向に注意。具体的な遮光方法は、「日照」ページにある「遮光の仕方」を参照。
- 遮光による日光不足が心配なら、まだ涼しい朝の間だけ日光浴をさせる。一日三時間も当てれば十分。午後の日光、特に夕方の西日は、多くの植物が嫌がるので、なるべく当てない。(ニガウリやマツバボタンなど、きわめて耐暑性の強い植物なら、西日がガンガン当たっても耐える。ただし、高温による乾燥・水切れに注意。)
- 肥料の三大要素の一つであるカリ(K)には、耐暑性を高める働きがある。本格的な夏が来る前に、少し多めに施しておきたい。ただし、劇的な効果は期待できない。
- 植物の周囲の風通しも大切である。植物は葉から水蒸気と熱を出すので、風通しが悪いと蒸れてしまう。適度な風通しを確保するには地面から離すのが効果的なので、鉢を棚の上に置いたり、吊り鉢などに仕立て、目線以上の高さに吊るす。地植えなら、土を盛り上げてその上に植物を植えれば、風通しだけでなく、水はけも改善できる。
- また、植物同士の間隔も重要である。葉と葉が触れ合わない程度に空けておくと、よく風が通り、植物の健全な生育も促される。
- いくら植物が風を好むからといって、エアコンの室外機の風に当てるのは厳禁。多くの植物は、乾燥した温風が長時間当たり続けると体内の水分を奪われ、葉先から枯れ込んで弱ったり、枯死したりする。
- 夏が来る前に、茂りすぎた茎葉を軽く切り戻しておくと、株の内部の風通しが改善され、蒸れにくくなる。この作業には、夏の間に生育を休ませる意味もある。
- しかし、切り戻し作業は、時期が遅れるとかえって植物を弱らせたり、枯らしたりするので、梅雨入り直前に済ませるのが望ましい。遅くとも6月中には済ませる。また、あまりに深切りすると、ショックで植物が枯れる危険性が高まるので、太い枝は切らずにおくのが無難。
- 鉢・プランター植えの場合、日中に、根の周囲に余分な水があると、それが高温で温められて蒸れ、根を傷めることがある。特に、プラスチック製の鉢やプランターは外気温が内部に伝わりやすいので注意。真夏の水やりは朝と夕方に行い、日中は、土がある程度乾いた状態を保つとよい。
- ただし、日中でも、土がカラカラに乾き、植物がひどく萎れていれば、即座に水をやらないと枯れてしまう。暑い日中に水やりをした場合は、鉢土が蒸れないよう、涼しい日陰に移動させておく。夕方には元の場所に戻す。
- 日中、土が湿っているのに植物が萎れていれば、暑さ負けの症状である。猛暑の日などは、耐暑性が強い植物でも萎れることがある。土が高温になりすぎないうちに日陰に移動させ、休ませるとよい。大抵、夕方には元通りになっている。
- 日中、ホースを使って水やりや散水を行う場合は、ホース内の水の温度に注意する。蛇口をひねった直後に出てくる水は、ホース内で長時間熱せられ、お湯になっていることが多い。そのまま植物にかけるとよくないので、蛇口をひねったら少し時間を置き、冷水になるのを確かめてから、水やりや散水を始めるようにする。
- 道路や地面に水をまく「打ち水」は、水が蒸発するときに周囲の熱を必要とする性質(気化熱)を利用した、昔ながらの知恵だが、これは植物の周囲の温度を下げるのにも有効である。鉢植えを棚に置いたり、高い場所に飾っている場合は、その真下に水をまくと、植物の周辺温度を少し下げることができる。いちいち水をまくのが面倒なら、バケツなどに水を入れ、植物の真下に置いておくだけでもよい。(ボウフラ発生に注意。)
- 直射日光さえ当たらなければ、日中、植物に直接水をかけても、案外、問題は起きない。ホースの先端にシャワーノズルを付け、冷たい水を頭からかけてやると、茎葉の温度を下げる効果がある。この場合は、植物の周囲の地面にも水をかけてよく濡らし、熱が奪われるように仕向けるとよい。
- なお、茎葉に水滴が付いた状態で強い日光が当たると、水滴がレンズの役割をして日光を集め、その部分が葉焼けすることがある。
- 夏の間の水やりが面倒だからといって、鉢植えを雨に当て放題にするのはよくない。土が過湿になって根が腐り、夏越しに失敗するばかりでなく、茎葉に泥が跳ね上がると腐敗性の病気が発生しやすい。(実際のところ、耐暑性のある丈夫な植物なら案外平気だが、大切な植物ならなるべく避ける。)
- マンションのベランダは、大抵、床がコンクリートである。しかし、コンクリートは熱の照り返しが強烈で、真夏は、裸足で立てないほどの高温に達する。そんな所に鉢植えを直接置くと、輻射熱(照り返しの熱)のために植物は弱り、枯れてしまうことがある。コンクリート壁のすぐ横も同様に危険なので、避けなければならない。
- コンクリートの照り返しから鉢植えを守るには、鉢とコンクリートの間に距離をとる必要がある。鉢を棚の上に置いたり、鉢の下に、市販のウッドデッキやすのこ、人工芝、古いカーペットなどを敷くと効果がある。また、コンクリート壁には、すだれなどをかけ、直射日光が当たらないよう工夫する。なお、人工芝や古いカーペットは、水を含ませると、打ち水をしたときと同じ冷却効果が得られ、空中湿度も高めてくれる。(風通しが悪いと、かえって蒸れるので注意。)
- 鉢数が少なければ、浅いトレーに、砂利、ハイドロボール、ビー玉などを敷き、水を張って、その上に鉢を並べる、という方法もある。この場合、過湿を避けるため、鉢底に水面が接しないよう注意する。こちらも気化熱を利用した冷却効果と、空中湿度を高める効果の両方が期待できる。
- シロタエギクなど、茎葉が白い綿毛で覆われる植物(「銀葉」「シルバーリーフ」と呼ばれるもの)は、日本の高温多湿な夏に適合せず、蒸れて枯れ込みやすい。そもそも、銀葉の植物は、日照量が多く降水量が少ない地域に自生しており、日光と乾燥から茎葉を守るために綿毛を持っている。従って、じめじめした日本の夏では、この綿毛が逆効果となる。
- いろいろやっても夏越しが無理だと感じたら、潔く冷房設備を持つか、いっそ栽培をやめるのが賢明だが、どうしても栽培したい植物なら、挿し木で作った小苗で夏越しさせる方法も試しておきたい。幸い、日本では、盛夏が訪れる少し前(5~6月頃)に、多くの植物が挿し木の適期を迎える。挿し木でできた小苗は、親株より若い分、夏の暑さに耐える力が強い。親株が夏に枯れても、小苗だけは生き残る可能性がある。この方法は、フクシアや、地中海沿岸原産のハーブ類(ラベンダーなど)に、特に有効である。
- 上に述べたように、プラスチック製の鉢は、熱が鉢の中まで伝わりやすく、土が高温になるので、「二重鉢」などで熱対策をする。二重鉢とは、植物を植えている鉢を、それより二周りほど大きい鉢の中に入れ、すき間に土を詰める方法である。土の代わりに、砂や水ゴケを詰めてもよい。結果的に鉢壁が分厚くなり、鉢土が外気温の影響を受けにくくなる。
- また、断熱性に優れる発泡スチロールを使うのも、よい方法である。発泡スチロール箱の底に水抜き穴を開けて土を入れ、そこに鉢ごと埋め込めば、鉢土の温度があまり上がらず、よい状態で夏越しできる。このとき、土の中に発泡スチロール片を混ぜると、さらに効果大。
- 同じプラスチック鉢なら、黒っぽい色の鉢より、白い鉢のほうが、熱が伝わりにくくてすむ。(ただし、その差は気休め程度である。)
- また、鉢の側面に、銀色のアルミのフィルム(キッチン用アルミホイルでも可)を巻き付けると、熱を反射し、鉢土の温度上昇を抑える効果がある。ただ、あまりに小さな鉢では効果が少ない。
- 暑さに弱い植物は、できればプラスチック鉢ではなく、素焼き鉢や駄温鉢など、通気性・排水性のよい鉢に植えたい。また、山野草の栽培でよく使われるトラフ(軽石鉢や抗火石鉢など)や、水冷鉢、断熱鉢なども、鉢内の温度があまり上がらない。ただ、いずれもプラスチック鉢に比べて乾きやすいので、水切れに注意する。乾燥を嫌う植物の場合は、水を張った浅い皿の上に鉢を置く、「腰水」にするとよい。過湿を防ぐため、腰水の水位は、夕方までには水が無くなる程度の、ごく浅いものにする。
- どう対策したところで、鉢植えでは外気温の影響を完全に防ぐことはできない。地植えにすれば、影響が最小限に抑えられるが、それが無理なら、地面に穴を掘って鉢ごと埋めてしまう方法もある。涼しくなってきたら鉢を掘り上げるのを忘れない。(このとき、地中に伸びた根を切ることになるが、仕方がない。)
- 地植えの植物でも、株元の土に直射日光が当たると土の温度が上がり、根に悪影響がある。(たとえ日光が当たらなくても、高い気温の影響が土中に伝わり、やはり根が傷むことがある。)これを防ぐには、土の表面に敷き物をする「マルチング」が効果的である。専用のシートが市販されているが、それを買わなくても、稲ワラ、水ゴケ、バーク、ピートモス、腐葉土などで代用できる。なお、ビニールシートのような、空気や水を通さない資材は、夏のマルチング素材には適さない。(冬のマルチング資材には適する。)マルチングをすると、水やりや雨による泥の跳ね上がりが減り、病気の発生も少なくなって一石二鳥。
- なお、銀色のマルチング材は熱を反射するため、株元に敷くと、熱を下葉に向けて反射してしまい、下葉の葉焼けの原因になることを付け加えておく。
- マルチングの代わりに、株元に別の植物を植え込むのも、良い方法である。キバナコスモスやマツバボタン、メランポジウムといった、草丈の低い、耐暑性の強い植物を選びたい。
- 夏越しを成功させるには、植える土にもこだわりたい。具体的な配合例は、「土」ページにある「実際の配合例」を参照。ここでは、基本的なことだけを簡単に触れる。
- 土の通気性・排水性が良いと、根が傷みにくく、夏越しの成功率が一気に高まる。市販の培養土の場合、土中の微塵(径1mm未満の微細な土の粒)が多いほど通気性と排水性が悪化するので、使う前に1mm目のふるいにかけて取り除く。たったそれだけでも、ずいぶん違う。余裕があれば、パーライトを2~3割ほど混合するとよい。
- 基本的に、粘土質の基本用土と有機物を減らし、その分、軽石など、ジャリジャリした硬い土を足せば、夏越しに適した土になる。例えば、赤玉土小粒6+腐葉土4の配合は、あらゆる植物に使用できるオールマイティーな土だが、赤玉土は軟らかく粘土質で、腐葉土は有機物である。そこで、この二つの比率を減らし、その分、軽石(日向土が最適)を足すとよい。
- 山野草類には、耐暑性の弱い植物が多数含まれる。そうした植物には、硬質鹿沼土や軽石などを主体とした、市販の「山野草専用土」を使うと楽である。普通の草花用・野菜用培養土の使用はおすすめしない。
- 高山性の植物を植える場合は、土中に有機物が入っていること自体が危険なので、腐葉土や堆肥は一切使わない。